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Steve Lehman『Sélébéyone』

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先鋭的な現代ジャズのフィールドで活躍するアルトサックス奏者スティーヴ・リーマンの作品。これまでも作品によって編成の大きさや音楽性の変化はありましたが、それらが一応はジャズの土台の上で様々な試行錯誤を行っているように感じられたのに対し、今回はラッパー2名(それも英語とウォロフ語)の参加であったり、リーダーである自身以外にも作曲を任せていたりとその変化がより大きく踏み込んだものになっていて、ジャズというよりはヒップホップと言ってしまったほうがもしかしたらしっくりくるかもしれないようなサウンドになっています。

大まかに捉えればジャズとヒップホップの混合物、つまりは別段新しくない要素の掛け合わせにも思えるんですが、本作はそこにリーマン自身の経歴からくるその他の音楽性(例えば現代音楽*1など)の混入だったり、おそらくヒップホップネイティブではなさそうなそのパーソナリティーからか、どこか硬さやギクシャクとしたぎこちなさ、歪さを持った聴き慣れない音楽が出来上がっています。

例えばロバート・グラスパーのサウンドがヒップホップネイティブな感性のもとそれらの自然な融和を目指したものだとすると、こちらはヒップホップへのそれほどまでの親しみや過度なリスペクトがないが故に可能な、ジャズ、ヒップホップ、その他の要素をぶつけてみて何が起こるかみたいな実験的な意識が先にあるように思います。音楽的ないくつかの要素をあくまで要素として扱い、掛け合わせ、自身もプレイヤーとして参加しているにも関わらずその様子を距離感を持って眺めているような感覚ってこれまでの彼の作品でも感じられましたし、彼の作品が放つ醒めた質感の要因でもあるよう思うのですが、今作でもそれは今まで以上にひしひしと感じられますし、そういった意味では最高に彼らしい作品ということもできるのかなと。なんかめちゃくちゃ運動神経いいサイエンティストが作った音楽って感じ(顔つきもそんな感じだし)。

まあそういった彼の経歴を加味せずとも、交互にフロント的な役割を果たすラップとサックスだったり、そこに拮抗する(もしかしたらそれ以上の)存在感で全編縦横無尽にどういったノリで叩いているのか見当もつかないリズムを繰り出すダミオン・リードのドラミングなど、個々の演奏に注目するだけでももの凄くスリリングな音楽なんでジャンル問わずいろんなタイプの音楽好きな方に聴いてみてほしいですね。

 

(本作に収録されている「Origine」と「Hybrid」は、ソプラノサックスと4曲の作曲で本作に参加しているMaciek Lasserreの2015年作『Forces』(←本作にウォロフ語のラップで参加しているGaston Bandimicも参加)にも収録されています。細かなアレンジや演奏のクオリティは本作に収録されているバージョンのほうが上だと思いますが、その方向性はほぼ変わっていないように思えますし、本作のコンセプトは前年のこのアルバムに端を発したものなのかもしれません。)

 

*1:リーマンはコロンビア大学トリスタン・ミュライユに師事していたこともあるそうで、おそらくそこで学んだものと思われる自身による音響合成の手腕は1曲目の冒頭から鳴っている持続音、5曲目の金属の軋みを思わせるようなシーケンスやラップが入るパートでのアトモスフェリックな音響、8曲目の左右に動くグリッチーな音などで聴くことができます。リーマン作曲の曲では通常シンセなどが受け持つような効果音的な役割も自身の音響合成でまかなっている割合が高く、キーボードやシンセによるシーケンスが目立つラッサール作曲のものと色合いの違いを生み出しているように感じます。しかしジャズミュージシャンでありながらこういった分野でもその辺の電子音楽家より高度なことできそうなところがこの人本当に恐ろしい…

Tanaka/Lindvall/Wallumrød『3 pianos』

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Ayumi Tanaka、Johan Lindvall、Christian Wallumrød、3人の異なるバックグラウンドと経験を持つピアニストからなるピアノ・アンサンブルの初アルバム。現代ジャズ、即興演奏、現代音楽の分野で活動する三者ですが、本作で聴かれる演奏も確実にそれらのバックグラウンドが反映されながら、しかしそのうちのどれの要素が強いといった判断がしにくいサウンドになっています。

 

収録曲は「till patrick modiano no.1~3」と題された3曲、「34、31、33」と題された3曲、「romaine brooks」という曲の計7曲。

 

「till patrick modiano no.1~3」はおそらく作曲作品で、スコアに書かれた音を追うかたちで演奏されているように聴こえます。

スコアに書かれたラインの音をひとつづつ演奏していく中で、ある音は複数のピアノで演奏したり、ある部分ではひとつのピアノが低音を、他の2つのピアノが高音をといった具合に弾き分けてみたりしているのですが、おそらくスコアに書いてあるラインを崩さずに演奏しさえすればどの音を誰が演奏してもいいんだと思います。(全部推測です)

複数のピアノが発音した音のタイミングの微妙なズレがショートディレイのような効果を生んだり、中央に位置するピアノが低音を、左右に位置するピアノが(タイミングを揃えて)高音を演奏する場面ではパンが振ってあるようであったりと、エフェクティブともいえる音の出し方を意識しているようにも感じます。

なかなか説明が難しいのですが、同じスコアをだいたい同じ速さで演奏したトラックが3つあったとして、それらのトラックのソロ、ミュートを切り替えながら再生しているような感じというか…。

3人のピアニストによる共演というよりは、3つのピアノが結合した「3 pianos」という巨大な1つの楽器を用いて、1つのピアノでも演奏可能な曲を、しかし「3 pianos」でしか出せないサウンドで演奏しようとしているような感覚があり、それによって1つのピアノではできないこと、ピアノが持つ可能性、ピアノらしさといったものを見極め、炙り出していくような意識を強く感じる演奏です。

 

「34、31、33」と題された3曲は「till patrick modiano no.1~3」と比べると即興的に聴こえる部分が非常に多く、3人のピアニストによる共演といった趣が感じられます。使われる音域や打鍵の強弱、プリペアドなのかはわかりませんが弦を直接弾いたりボディを叩くような音などの鍵盤以外の部分から出される音、ペダルの用い方やフレーズの速度感などあらゆるところで「till patrick~」より多様な響きを聴くことができます。録音のよさも相まってピアノによる音響的に面白い即興演奏として非常にクオリティーの高い演奏だと思います。

 

「romaine brooks」は「till patrick modiano no.1~3」と近いような方法で演奏が行われているように感じますが、ある音型を発音する際のタイミングのズレなどが比較的大きく別の人間が追いかけるように演奏しているような感覚が強かったり、ペダルを踏みっぱなしですべての音が長く延ばされているためトラックのソロ、ミュートを切り替えるような感覚もなく、「till patrick~」とは聴覚上かなり異なった色合いを持った曲になっています。音型自体の持つやや暗い現代音楽的(モートン・フェルドマン的?)な色調がまず非常に美しく、それが複数のピアノによって響きを重ねながら演奏される様子はとても官能的に聴こえます。

 

本作の紹介動画で田中鮎美さんは「3人の違う個性を持ったピアニストが同時に3台のピアノを演奏する時、どうすれば所謂ピアノ・サウンドというものから抜け出すことができるのだろうという問いからこのプロジェクトは始まった」と仰っています。

 「till patrick modiano no.1~3」ではたしかにピアノ・サウンドから離れるような音も出ていますし、即興的な趣の強い「34、31、33」では各奏者がそれぞれにピアノから多様な響きを取り出そうとしているのは伝わってくるのですが、私が本作で惹かれたのはむしろなんの衒いもなく弾かれている時(特にメロディーを奏でている時)のピアノの音の美しさでした。

ピアノ・サウンドの壁を打ち破ろうとする試みや所作が、結果的に本来的なピアノ・サウンドの美しさを際立たせてしまうというのはなんだか皮肉にも思えますが、個人的な体験としてここまで美しいピアノの音を聴いたのはライブ、音源を通しても初めてといっていいくらいですし、ピアノという楽器の持つ可能性についていろいろと考えさせられたことはたしかです。

 

*2017/04/04追記

「till patrick modiano no.1~3」に関しては作曲者でもあるJohan Lindvallがソロピアノで弾いたバージョンが彼のサウンドクラウドで公開されています。

 また、「romaine brooks」についても同じく作曲者自身によるソロ演奏がEdition WandelweiserよりリリースされているJohan Lindvallのデビューアルバムに収録されています。

このことから『3 pianos』での試みはひとつのピアノでも演奏可能な楽曲を“3 pianos”という特殊な環境で演奏することによる比較検証的な側面が強いことが伺えます。

 

Raphael Malfliet『Noumenon』

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ベルギー生まれのベース奏者ラファエル・マルフリートの初アルバム。共演はどちらもNYを拠点に活動するトッド・ニューフェルド(g)、カルロ・コスタ(ds)。

2016年にリリースされた音源の中でも特に印象深いもののひとつで、また11月に観に行った本作のリアライズ公演とも言えそうなライブでラファエル・マルフリート本人から収録曲について話を聞くこともできたので、その辺りも含めて簡単にまとめておきたいと思います。

フォーマットによって収録曲数が違うようですが(LPは6曲入り、CDとデジタルアルバムは7曲入り)、本作で聴かせたいものの核はやはり1,3曲目(LPだとABそれぞれの面の1曲目)なのかなと思います。11月のライブでも演奏されていました。なので今回はその2曲、「Kandy」と「Arcana」を中心に。

 

 

・「Kandy」

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演奏は上掲の画像のように独自の記譜法による図形楽譜を用いて行われます。

上段がギター、中段がドラム、下段がベース用の楽譜になっていて、演奏の流れとしては各パートが記譜されている記号ひとつひとつの指示を左側から右側へ向かって任意のタイミングでこなしていくというもの。

ただし楽譜上で縦線で結ばれている指示に関してはタイミングを揃えて行います。

斜めの点線で結ばれているものは、それらを順番にこなしてくださいという意味で、例えば1枚目の画像であれば、ベースが指示されている音程を発音した後にドラムは三角の指示(これはトライアングルの演奏指示)をこなす、といった具合です。

他の指示記号に関しては、

・五線譜に関してはそのまま指示されている音程を発音

・“I” の文字はインプロヴィゼーションで、そこに半円が記されている場合は短めの、円で囲まれている場合は長めのインプロヴィゼーション

・ギターのパートにある波線が3つ重なった記号は押弦しない開放弦の状態でネックの裏を手のひらで叩いてアタック感の乏しい音を発音

・ドラムパートは、円はバスドラム、つぶれた半円のような記号はシンバル、毛糸みたいなわちゃわちゃした線で描かれた円はスネアドラムのロール、四角は用意された小物(パーカッション?)を鳴らす

・ベースパートの横三本線を縦線が貫いている記号はボウイングの指示(多分…)

みたいな感じだったと思います。音源でもライブでもベースパートに関しては五線譜上の音を発音する際に弓を使ったりミュートしたり、わざと指が他の弦に引っかかったような不完全な発音の仕方をしたりしているのですが、それらが指示によるものなのか(ミュート以外は楽譜には書いてないように見えますが…)、または出音に微妙な表情をつけるために即興的に行われているのかはちょっとわからないです。

記譜されている指示を “任意のタイミングで” 行うという性格上、それらのズレを想定して作られている面も大きいとは思うのですが、5つ前後の指示ごとには縦線で結ばれたタイミングを合わせなければいけないものが出てくるので、例えばひとつのパートだけが何個も先の記号を演奏しているみたいなカオティックなことにはならないように、一定のフレームの中で微妙に揺らぐ程度の効果を期待しているのかなと思います(ライブで聴いた本曲の演奏もリリース音源のバージョンとほぼ変わらないような印象でした)。

 

 

・「Arcana」

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演奏は上掲の五線譜を用いて行われます。

楽譜のタイトルが「For guitar, bassdrum and cymbal」となっている通り、楽譜にはギターとドラムのパートしか記載がありません。

演奏にはベースも加わるのですが、ベースパートはおそらく即興…なのかな…?ライブで本曲を演奏する際には “For guitar, bassdrum and cymbalという曲を演奏します。アルバムにArcanaというタイトルで収められている曲です。私(ベース)はなんかよくわからないことをやります。” みたいな感じ(もの凄くテキトーなフィーリングで訳しています)で紹介していました。

(具体的にはベースは歪みや空間系などのエフェクターの使用や、クリップのようなものやスティックなどでの弦のプリペアドなども用いて効果音的な音を出したり、弓弾きによるかすれた音色などを合いの手?のように入れていました。)

「Arcana」は楽譜を見ずに聴いただけの時点では「Kandy」とかなり印象が近く、またその時点で「Kandy」が図形楽譜を用いた演奏だということは知っていたのでこちらも図形楽譜だろうと思っていたのですが、蓋を開けてみると普通の五線譜だったという…。

楽譜を見てまず驚いたのはテンポの遅さ。八分音符=48ってことは四分音符=24ってわけで、シンコペーションしてる部分なんかも普通にあるのでこれどうやってカウントとって演奏するんだっていう。

カルロ・コスタによると、この曲はしっかりカウントとって演奏するっていうよりは演奏者間でタイミングというか間みたいなものを合わせることを意識しているという話でした。

また楽譜と音源を照らし合わせながら聴くと、演奏の8:00辺りまでは画像1枚目、2枚目の順で演奏されているのがわかるのですが、それ以降明らかに演奏の趣が変わり(例えばギターは単音を多く用い、メロディーの断片のようなフレーズが聴き取れたり、ドラムもバスドラムとシンバル以外の音を入れてきたり…)、聴いた感じだとかなり即興的にも聴こえるのですが、ラファエル・マルフリート本人は否定していました。

(ライブ後に「Arcana」の演奏に関して音源と違うような部分があったように思ったので、その部分は即興ですか?と尋ねたところ、「音源と同じように演奏したしこの曲はノン・インプロヴィゼーションだよ」との答えでした。)

ただこのやりとりに関しては会場にいらした他の方を介してのものでしたし、「ノン・インプロヴィゼーション」という答えにしても楽譜に書いてある部分は変えずに演奏したという程度の意味だったのかもしれません。

3枚目の画像「Melody for bassdrum cymbal and guitar」となっているものが8:00以降に演奏されているのかとも思ったのですが、そういう風にも聴こえないですし…。この「Melody~」の楽譜に関してはどの楽器のためのものなのか、演奏のどの部分で用いられているのかなど私の能力ではわかりませんでした…。

 

 

「Kandy」と「Arcana」、楽譜を見ずに聴いていた時は点描的な音の配置などふたつの曲に共通する部分がよく耳についたのですが、不思議なものでこうやって楽譜を見てそのアプローチの違いを知るとその差異がしっかりと感じられます。特に「Arcana」は楽譜を見る前とでは印象が変わって、ギターとドラムが近く、ベースが遠くから聴こえるような位置関係、前後感を感じるようになりましたし、8:00辺りからの演奏の趣の変化もかなりクッキリしたものだったんだなと思い直しました。

聴覚上モートン・フェルドマンを想起するような点描的な音だったり、また図形楽譜や極端なテンポ指定などの手法も現代音楽的(フェルドマンは図形楽譜の発案者ですし、極端にテンポの遅い演奏もフェルドマンの曲に見られる特徴のひとつと捉えることもできます。ただフェルドマンの作品に極端に遅いテンポ指定のなされたものがあるのかはわかりません。テンポ指示がない曲=トライアディック・メモリーズだったらありますが…)だと言えそうですが、ではこれが完全に現代音楽なのかというとやっぱりどこか違う気もします。

演奏しているメンバーが基本的には(かなりアヴァンギャルドな領域ではあると思いますが)ジャズの枠内で活動しているっていうことによる先入観もあるのでしょうが、ギター、ベース、ドラムという編成や、各演奏者の出す音の持つ代えがたい記名性などはジャズを聴くときに強く意識させられるもののように思います。

“ジャズ”を成り立たせる要素、その大きな特徴のひとつとして“即興性”というものがあると思いますが、「Kandy」と「Arcana」においてはそれはかなり限定されています。しかし例えばこの寡黙な2曲の中でのトッド・ニューフェルドのギターの音色の存在感などを思うと、他の演奏者ではこの曲自体が成立しないほど代えがたいもののように聴こえますし、この2曲はこの3名で演奏するために、それぞれの演奏者としての色を想定して書かれたもののようにも思えます。何らかの表現を成立させる根本的な部分でそういった個人の特色を拠り所にしているというのは、実は“即興性”を用いること以上にジャズ的な表現方法なのかもしれません(この辺りに関しては例えば違う演奏者でこの曲を演奏するということが、自ら積極的に考えることはなくても選択肢としてアリなのかどうか気になったりします)。

まあだからといってこれはジャズだと断言できるわけでもしたいわけでもないですし、結論(?)としては現代音楽とジャズどちらとも言えるしどちらとも言えないような不思議な音楽ってことになってしまうのですが…(笑)

この2曲に関して楽譜をみるとそれらの差異が耳にとまるようになったと書きましたが、そうは言ってもこの2曲に共通する部分が多いのは確かだと思いますし、また方法は違ってもそれを用いて表現したい、聴衆に聴かせたいものは近いように思います。結果として三人の音が鳴ることによって生まれる雰囲気、それらを間を置いて配置することでじっくり身体に浸透させるように向き合って聴き、感じてほしいのではないかなと。これだけダラダラ書いて結果として感じるものは雰囲気って言っちゃうと抽象的すぎて情けなくなってきますが、そう言うしかないものがある音楽に思えるんだからしょうがない。

一聴すると寡黙な即興のようでもあり、しかし突き詰めると精密なアンサンブル作品という面も浮かび上がってくる、面白い立ち位置にある作品です。

あと、こういう風に印象をまとめることができたのは実際にライブで演奏を聴いて、本人にそれについて聞くことができたからなのですが、そのうえで思ったこととして、この2曲に関しては音源を聴くだけで十分だと言い切れるほどに音源に彼らの表現したいものが高純度でパッケージされているってのがあります。ライブに行かなければこうしてその詳細な部分まで知ることはなかったわけなので、そのこと自体は私にとってはすごく価値のあるものだったのですが、そのアプローチさえ大雑把にでも理解できれば音源をある程度の音量で静かな環境で聴くことでライブと変わらないレベルの体験ができる、本当に素晴らしい録音作品になっていると思います。

“ジャズはライブで聴いてこそ” みたいな言説ってよくありますし、実際私もライブ行ってそう感じたことは何度もあるのですが、この2曲に関してはそれはあまり当てはまらないように思えて、そういった意味ではジャズっぽくないのかも…。

 

 

・「Rotation」

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11月のライブでは「Kandy」、「Arcana」の他にアルバムの6曲目に収録されている「Rotation」も演奏してくれました。なのでそちらについても少し書いておきます。

演奏には上掲の画像の上部のような直線が上下にジグザグと行き来した図形楽譜が用いられていました(画像は11月のライブ後に見せてもらったRotationの楽譜とは異なっていたと思います。こちらの画像はRuweh Recordsのツイッターで公開されていたものです。後述するこの曲の演奏方法の特徴上毎回違った図形楽譜を新たに作成しているのかもしれません。)

演奏方法は主に直線で描かれた楽譜を左から右に読み取っていくかたちで行い、線の動きを各自が音の何らかのパラメーターとして自由に解釈して演奏します。例えば線の上下の行き交いを音量の上下としてもいいですし、ピッキングストロークのスピードに置き換えてもいい、といった具合です。

11月のライブで用いられていた楽譜では前半のほうはいくつかの直線が上下を繰り返しながら右側に向かっていくように描かれていたのですが、後半のほうになるとそれらの直線が左右にもかなり動くかたちで描かれカオティックな図になっていました。

この演奏方法だと各演奏者が図形を演奏しきるタイミングというのはかなり異なったものになると思うのですが、実際ライブで観たこの曲の演奏においても、おそらくギターのトッド・ニューフェルドがかなり早い段階で図形楽譜を最後まで演奏し終えたようで、途中からは楽譜を見ずに他の奏者ふたりの様子を見ながら即興で演奏しているように見えました。またその特性上アルバムに収録されているバージョンとも全く異なった演奏になっていました。

 

その日のライブでは以上の3曲に加え完全なインプロヴィゼーションも行われたのですが、カルロ・コスタの多彩な奏法がフィーチャーされた演奏でこちらも面白く聴けました。特にスネアの面に強くスティック(マレットだったかもしれません)を押し付けて持続音を出していたのが印象的で、とても音程のハッキリした音が会場の奥から響いてくるような感覚だったので最初はどこかにスピーカーおいてあってエフェクトでもかませているんじゃないかと本気で疑いました。トッド・ニューフェルドはこのインプロヴィゼーションにおいても後半から演奏に加わって控えめに弾いた程度だったので、彼に関しては今回のライブで見れたのはそのほんの一面のみという印象でした。「Rotation」の演奏では痙攣したような弾きっぷりを見せる瞬間も少しだけありましたが、いつか彼のそういった面をフィーチャーしたライブなり音源を聴いてみたいです。

 

 

今月のお気に入り(2016年12月)

・Jenny Hval『Blood Bitch』

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・András Schiff『Encores After Beethoven』

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・Melina Moguilevsky『Arbola』

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・Isis Giraldo『PADRE』

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・Danny Brown『Atrocity Exhibition』

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・Enough!!!『Enough!!!』

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・Thet Liturgiske Owäsendet『Catalina』

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・Swans『To Be Kind』

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・KOHH『DIRT』

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・The Necks『Vertigo』

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・Blessed Initiative『Blessed Initiative』

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・Cindytalk『The Labyrinth Of The Straight Line』

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・Bethan Kellough『Aven』

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・石上和也『cleaner 583』

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・宮里千里『琉球孤の祭祀 - 久高島 イザイホー』

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・Bohren Und Der Club of Gore『Black Earth』

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・Gigi Masin『IL SILENZIO DEI TUOI PASSI』

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・毛玉『しあわせの魔法』

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・Joachim Nordwall『THE MESSAGE IS VERY SIMPLE』

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・Manfredi Clemente『La forme du paradoxe』

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The Necks at 酒游館

12月17日、滋賀県近江八幡にある酒游館で行われたThe Necksのライブに行ってきました。The Necksはオーストラリアのピアノトリオ編成のバンドで、今年で結成30周年になるそうですが、来日は初めてということで、こんな機会は二度とないかもと思い急ごしらえで都合をつけ会場に駆けつけました。

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ライブはジャズなどでよくある、間に休憩を挟んでの2セット形式。1時間に及ぶ第一部とやや短め(おそらく40~50分程度)の第二部。

 

 第一部は大雑把にいってふたつの山のある演奏で、ピアノの独奏から始まりドラム、ベースが控えめに加わって徐々に音の密度、音量などを増しながらピークを迎え、そこから一度演奏のテンションを絞ってからもう一度ピークへ持っていくような構成。演奏中に時計など見ていないので確認はできませんが、一度目のピークの時点で体感では40分くらい経ってたと思ってて、そこから音量など落とし始めたところで締めに向かうのかなと思ってたので、そこからしばらくしてもう一度ピークを作ろうとしてることに気付いた時は結構驚きでした。

第一部の演奏で特に印象に残ったのはトニー・バックのハイハットとクリス・エイブラムスのピアノ。

トニー・バックはハイハットをオープンの状態にして二枚のシンバルの間にブラシを挿し込むような状態で小刻みに上下に動かし、演奏が進むにつれてブラシの柄のほうに持ち替えてみたりして音色を変えながらも均質なパルスのような音を延々と出し続けていました。The Necksに限らず彼の参加する音源ではよく耳にする音で、それらを聴くだけでも彼のシンバル類の扱い、音色の美しさは耳を惹くものがあると思いますが、間近で聴くそれも間違いない美しさでした。

クリス・エイブラムスのピアノはトレモロ奏法のような音の出し方を主に用いて、ひとつの音階なりモード(?)の中で波のようにクレッシェンド、デクレッシェンドを繰り返しながら音の密度や音量を上げていくような演奏を延々やってる感じなのですが、一度目のピークに達する前辺りからは続けざまな打鍵によって音のADSRでいうR(リリース)の部分が重なりまくってドローンみたいになってうねってるのがすごく耳に入ってきて、そこにトニー・バックのマレットによるシンバルの音が重なって干渉してくる瞬間とか最高でした。

 トニー・バックが延々小刻みに鳴らし続けてるハイハットにしてもピアノと同じように音のリリースの部分が重なってドローンを形成してるのが聴きとれましたし、バンド全体としても短く切れるような音はあまり多く用いずに音のリリースの部分がそこかしこで重なって3人とは思えないほど厚みのある音になっていて、結果として出てくる各々の音が有機的に結びついたような響きの持つ説得力というか充足感というか…とにかくすごいものがありました。

演奏の中で個々が出している音、つまりミクロな部分に焦点を合わせれば、例えばトニー・バックが小刻みに出してるハイハットの音なんかはそれに合わせて踊ることもできなくはないものだと思うんですが(そういう風に聴いてる人もいました)、最終的に鳴っている響きの総体を見るような視点からそれを捉えると、演奏の中での役割としてはそういうリズムの面っていうよりそれによって持続音を発生させて空間を埋めるためにやってるんじゃないかなという印象が強かったです。そのハイハットの音をトップとして周波数帯のいろいろな階層を違う音色で色付けして、それらが部分的に混ざりあってグラデーションが生まれたりっていうイメージなんですが、混ざってない部分、響きがストレートに耳に入ってくる塩梅はしっかりと保たれている印象で、カオティックにならないバランス感覚はピアノトリオという編成や、徐々に自分の音の届く範囲を拡大していくような演奏全体がクレッシェンドしていく構成、そして結成30年という経験などから生まれたものなんだろうなと思わされましたし、The Necksってバンドが指向してるものの核がこういう強度とバランスを持った響きの総体を音の重なりやうねりも取り込みながら築いていく意識にあるんだろうなと。

 ハイハットやピアノなどはかなり小刻みに音を出しているにも関わらず演奏全体には忙しなさが全くなく、もの凄く懐が深くゆったりとした律動が感じられるのも本当にいつまでも聴いていられる感じでとにかく心地よかったですね。トニー・バックは演奏中に身体を揺らす場面も結構あったんですが、ハイハットの音8つを一拍としてとってるようなすごくゆったりしたものでしたし、ロイド・スワントンも演奏が進むと非常に心地よさそうな表情で演奏していて、演者自身も音を聴いて楽しんでいるのが伝わってきました。

 

 第二部は第一部との差別化の意識からか少し捻った感じもする演奏で、ピアノが冒頭からしばらくはホンキートンクっていったら言い過ぎですが、そういう類の茶目っ気が少しだけよぎるような演奏をしていて、またトニー・バックは第二部ではハイハットではなく通常のシンバルのほうを終始スティックで鳴らし続けていたんですが、そのリズムも少しだけシャッフルしているように聴こえました。第一部とは違いゆっくりとひとつのピークを形づくって終える演奏。

 第二部ではトニー・バックは木の棒の先に貝殻のような形をした小物が多く取り付けられた楽器(?)を多用していて、序盤ではそれを振って物音を出し、中盤からはそれをタムに当ててスティック代わりのように使用していました。こちらもトニー・バックが参加している音源ではよく耳にする音なんですが、こちらはハイハットと違い何をどうやってこの音を出しているのかしっかりイメージできていなかったので、こういう風に出してたんだっていう驚きがありました。同じような楽器(なのかわからないけど)はたしかカフカ鼾のライブだったかそれ以外のライブだったかで山本達久も使ってたような記憶があります。カフカ鼾自体The Necksからの影響は結構露骨に感じられますし、影響とかかなりあるんだろうなと思いました。

 他にもトニー・バックはウィンドチャイムの金属棒を何本か紐でまとめたようなものを座っている状態の太腿の上に乗せて揺らすことで不規則に音を出してみたりいろいろやってて本当に多彩で面白かったです(演奏後はこんな感じ。写っているものすべてを使っていたわけではなかったと思いますが)。ここはThe Necks観るにあたって一番注目してた部分でもあったのでなんか途中で嬉しくなってしまいました。

 

 第一部にも第二部にも共通してることですが、とにかく演奏がピークを迎えた時の音がどこまでも広がっていくような感覚はちょっと今までに体感したことのないものでした。なんか陳腐な表現になってしまうけど無尽蔵に拡張していく宇宙空間を想起するような。これには多分もともと酒蔵だったという会場の響きのよさによる部分も大きいんだろうなと思います。天上高めだからか音が上下に伸びていくような感覚があって場面によっては教会で鳴り響くパイプオルガンのような荘厳さも感じました(教会でパイプオルガン聴いたことないですが)。演奏がピークを迎えた部分においても単純な音量って意味ではそれほどのものでもなく、これより音が大きいライブならそれこそいくらでもあるんでしょうが、これほど自然な広がりを感じれる音、ライブってそうそうないんじゃないかと。

自分は数はそれほどではないですが電子音楽PAなしの生楽器のライブも行く人間で、そこに単純な優劣はないと思ってますし、また音楽はライブで聴いてこそみたいにも思わないんですけど、こんなん聴かされるとちょっと揺らいでしまいますね…。とりあえずまた日本来てくれるんなら絶対行きます。これだけ長々と書いてしまうくらいには心底感動しましたし、ダントツで2016年のベストライブ。もしかしたら生涯一かもしれません。本当にありがとうThe Necks!!!

 

 

今月のお気に入り(2016年11月)

Raphael Malfliet『Noumenon』

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・Moe and ghosts × 空間現代『RAP PHENOMENON』

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・Hanno Leichtmann, Valerio Tricoli『The Future Of Discipline』

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・Yann Novak『Ornamentation』

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・Oren Ambarchi『Hubris』

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・Kris Davis『Duopoly』

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・Hiroshi Ishida『LatLng​(​35​.​205639, 139​.​041795)』

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・Dante Boon『for clarinet (and piano)』

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・Andrew Cyrille Quartet『The Declaration of Musical Independence』

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・Jakob Bro『Streams』

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・Steve Roden『Striations』

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・Michael Tanner『Suite for Psaltery and Dulcimer

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・L A N D『Night Within』

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・Radian『On Dark Silent Off』

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・John Butcher, Thomas Lehman, Matthew Shipp『Tangle』

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・Nakama『Grand Line』

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・Tanaka/Lindvall/Wallumrød『3 pianos』

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・TAPE LOOP ORCHESTRA『The Invisibles』

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・ともこ一角『ロムエ』

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Radwimps君の名は。

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今月のお気に入り(2016年10月)

・Thomas Brinkmann『A Certain Degree of Stasis』

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宇多田ヒカル『Fantôme』

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・Melina Moguilevsky『Mudar』

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・Thomas Tilly『Test/Tone Documents』

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・Meshuggah『The Violent Sleep Of Reason』

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・Masayoshi Fujita & Jan Jelinek『Schaum』

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・Johnathan Finlayson & Sicilian Defense『Moving Still』

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・Peter Evans『Lifeblood』

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・STUFF.『STUFF.』

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・Francisco Meirino『An Investigation On Electricity, Magnetic Fields & (para)Normal Electronic Interferences』

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・Francisco Meirino『Dissension』

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・Keiji Haino / Jim O'Rourke / Oren Ambarchi『I Wonder If You Noticed "I'm Sorry" Is Such A Lovely Sound It Keeps Things From Getting Worse』

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yanokami『遠くは近い -reprise- 』

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AOR『TWO』

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カフカ鼾『nemutte』

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Oval『Popp』

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・Marvin Tate & Joseph Clayton Mills『The Process』

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A$AP Rocky『At.Long.Last.A$AP』

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・Nuel『Hyperboreal』

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・Mary Halvorson Octet『Away With You』

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