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Kim Myhr / Eivind Lønning

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8月22日に福岡のArt Space Tetraにて行われたキム・ミールとアイヴィン・ロニングのライブに行ってきました。キム・ミールに関しては名前もこれまでに耳にしたことがなく、もちろん関連作なども全くチェックできていなかったのですが、もう一方のアイヴィン・ロニングはつい最近になってStreifenjunkoKoboku Senjûを知ってよく聴いていまして、自分の中で今ホットな奏者だったので今回の公演は予定が発表されたときから非常に楽しみでした。

イベントには他にShayne Bowden、中村勇治、諸岡光男が出演。全く方向性の異なった4アクトがドリンク代込で2000円(!)というなかなかに破格なイベント。私自身はこういうライブイベントには数より質を求めるタイプ(というかあまり出演者が多いと集中力が持たない…なのでフェスなどもあまり得意でないです)なのですが、今回のこれはそれぞれがそれぞれの個性を際立たせる本当にいいパフォーマンスだったと思うので。いつもこのブログでライブレポートを書く際には最も印象に残ったアクトについてのみ書くことが多いんですが、今回は珍しくすべての出演者に関して軽く書いてみようと思います。

 

 

[1] Shayne Bowden

蝉の鳴き声から始まり、重心の低いドローン、ノイズが重ねられながら徐々に凶暴さを増していく。途中耳に痛い帯域のノイズが大音量で迫る場面もあったのだけれど、それまでの構成が巧みだったのか唐突さはなく、展開が呼び込んだ音というか蝉の鳴き声の変奏のようにも感じられる涼しげな感触すらあって、いわゆる“ノイズ”的な演奏にあまり親しんでいない自分でも涼しい顔して聴けるノイズ/ドローンセットになっていました。まだ薄れ日の残る外の風景とも相まって情緒ある演奏で、空間にバチッとハマった音に感じました。

 

[2] 中村勇治

バスクラリネットによる即興演奏。ほのぼのとした旋律の断片のようなものが聴こえてきたり突然激しいブローイングを見せたりetc...全体的には落ち着いた演奏が続く時間が多かったと思います。2月のイベントで見た際にも少し行われていましたが、今回は終始会場内を歩き回りながらの演奏。2月のイベント(この時は木管四重奏captureとしての出演)での演奏に比べるとその音響の変化に対する効用はやや薄いように感じましたが、この日は直前に行われたShayne Bowdenの演奏との落差が面白かったですね。Shayneの演奏は蝉の鳴き声のフィールドレコーディングの他にはコンパクトエフェクターやモジュラーシンセ(?)らしきもので組まれたエレクトロニクスによって行われていたのですが、そのすぐ後にバスクラリネットの音色を聴いてみるとこの管楽器の音がハード機材≒電子楽器よりも蝉の鳴き声≒環境音に近いものに聴こえてくるところがあって(これはShayneがハード機材をほぼノイズ生成機としてのみ扱っていて器楽的な用い方をしていなかったところも大きいとは思いますが)。前々からクラリネット類の音色ってたまに動物の鳴き声みたいに聴こえるなぁとは思ってたんですがまさか蝉の鳴き声との親和を感じるとは思ってもみませんでしたw 演奏の最終盤は会場の隅で消え入るように単音を発しながらフェードアウトしていくようなものだったのですが、ここでShayneが蝉の声フェードインさせてきたら面白そうだなとか考えてました(笑)

 

[3] 諸岡光男

Open Frameworksを用いて音と視覚情報の同期をベースにしたパフォーマンス。壁に確保されたスクリーンスペースに映る手の座標や動きの情報とサイン波の音程の同期というシンプルなものに始まり、そこにオブジェクトとして加えられる風船(水や楽器の音などの音声情報がセットしてあり、そこにスクリーン上の手の動きで指示を加えて発音を制御したりなどなど…)や、Macのカメラに入る映像情報(自身の姿)なども用いながら段階的に複雑化の過程を提示するような構成。最初の10分ほどはシステムの不具合か音が全く出ずで見てるこっちもヒヤヒヤしましたが、どうにかそれを切り抜けてからは非常に面白いものを見せてくれました。個人的には終盤にMacのカメラを使い始めてから音、映像ともに情報が複層的になって複雑さが増したように感じられて興味を惹かれたんですが、演奏後ご本人にお尋ねしたところその部分は映像と音が同期している部分としていない部分(=事前に挙動が決定されているということでしょうか)があるということで、なるほど自分が抱いた複層的な印象はそこによるものなのかなと。終盤のそういったところの制御部分の拡大や、今回は発音の操作のみに留まっていた風船にセットされたサンプル音の操作を変調まで行うなど、自分の素人考えでもまだまだこれから可能性がありすぎるほどありそうですし、機会があればまた見てみたいなと思わせるには十分な内容でした。

 

[4] Kim Myhr / Eivind Lønning

ギタリストとトランペット奏者のデュオ。事前に伝え聞いていた通り両者ともにエレクトロニクスの使用を前面に出した演奏でした。序盤こそ無機質なドローンの重なりだったんですが、操作する機材などを変えながら演奏が進むにつれていつの間にかひどく叙情的なクラスターとでも言えそうな厚みのある音が提示されていて、StreifenjunkoやKoboku Senjûでの演奏からもっとストイックで物質的な演奏を予想していたこともあって突然胸を鷲掴みにされるような感動が押し寄せてきました。その叙情性を表現するのに特に貢献していたのがアイヴィン・ロニングがTeenage EngineeringのOP-1を用いて(おそらくトランペットの音色をサンプリングし加工することで)出していたハーモニカや和楽器の笙のような音色で、それによってどれだけ重ねようとも濁りを知らないような魅力的な音の層が形成されていました。キム・ミールの演奏に関しては序盤のe-bowを用いたようなドローンからエフェクターのスイッチングで音のテクスチャーを変化させる部分は単調に感じてしまって正直あまり面白いとは思わなかったんですが、傍らのアイヴィン・ロニングの忙しなさを見ていると、その単調さはロニングが様々なアプローチで演奏に加わっていく際のイメージの源泉になっているような印象は受けました。先述した叙情的な方向性にしてもその萌芽はキム・ミールがピックを手にし比較的素直にギターらしい音を発し始めたところにあるような気もしますし。

演奏のラストではアイヴィン・ロニングがエレクトロニクスを離れトランペットを普通に吹く場面も。といってももちろんそこからはStreifenjunkoで聴けるような普通でない音が出ていて、ほんと音だけ聴くとなにかプリぺアドでもしてんじゃないかって感じでしたね。驚きと感動のある素晴らしいライブでした。