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Steve Lehman『Sélébéyone』

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先鋭的な現代ジャズのフィールドで活躍するアルトサックス奏者スティーヴ・リーマンの作品。これまでも作品によって編成の大きさや音楽性の変化はありましたが、それらが一応はジャズの土台の上で様々な試行錯誤を行っているように感じられたのに対し、今回はラッパー2名(それも英語とウォロフ語)の参加であったり、リーダーである自身以外にも作曲を任せていたりとその変化がより大きく踏み込んだものになっていて、ジャズというよりはヒップホップと言ってしまったほうがもしかしたらしっくりくるかもしれないようなサウンドになっています。

大まかに捉えればジャズとヒップホップの混合物、つまりは別段新しくない要素の掛け合わせにも思えるんですが、本作はそこにリーマン自身の経歴からくるその他の音楽性(例えば現代音楽*1など)の混入だったり、おそらくヒップホップネイティブではなさそうなそのパーソナリティーからか、どこか硬さやギクシャクとしたぎこちなさ、歪さを持った聴き慣れない音楽が出来上がっています。

例えばロバート・グラスパーのサウンドがヒップホップネイティブな感性のもとそれらの自然な融和を目指したものだとすると、こちらはヒップホップへのそれほどまでの親しみや過度なリスペクトがないが故に可能な、ジャズ、ヒップホップ、その他の要素をぶつけてみて何が起こるかみたいな実験的な意識が先にあるように思います。音楽的ないくつかの要素をあくまで要素として扱い、掛け合わせ、自身もプレイヤーとして参加しているにも関わらずその様子を距離感を持って眺めているような感覚ってこれまでの彼の作品でも感じられましたし、彼の作品が放つ醒めた質感の要因でもあるよう思うのですが、今作でもそれは今まで以上にひしひしと感じられますし、そういった意味では最高に彼らしい作品ということもできるのかなと。なんかめちゃくちゃ運動神経いいサイエンティストが作った音楽って感じ(顔つきもそんな感じだし)。

まあそういった彼の経歴を加味せずとも、交互にフロント的な役割を果たすラップとサックスだったり、そこに拮抗する(もしかしたらそれ以上の)存在感で全編縦横無尽にどういったノリで叩いているのか見当もつかないリズムを繰り出すダミオン・リードのドラミングなど、個々の演奏に注目するだけでももの凄くスリリングな音楽なんでジャンル問わずいろんなタイプの音楽好きな方に聴いてみてほしいですね。

 

(本作に収録されている「Origine」と「Hybrid」は、ソプラノサックスと4曲の作曲で本作に参加しているMaciek Lasserreの2015年作『Forces』(←本作にウォロフ語のラップで参加しているGaston Bandimicも参加)にも収録されています。細かなアレンジや演奏のクオリティは本作に収録されているバージョンのほうが上だと思いますが、その方向性はほぼ変わっていないように思えますし、本作のコンセプトは前年のこのアルバムに端を発したものなのかもしれません。)

 

*1:リーマンはコロンビア大学トリスタン・ミュライユに師事していたこともあるそうで、おそらくそこで学んだものと思われる自身による音響合成の手腕は1曲目の冒頭から鳴っている持続音、5曲目の金属の軋みを思わせるようなシーケンスやラップが入るパートでのアトモスフェリックな音響、8曲目の左右に動くグリッチーな音などで聴くことができます。リーマン作曲の曲では通常シンセなどが受け持つような効果音的な役割も自身の音響合成でまかなっている割合が高く、キーボードやシンセによるシーケンスが目立つラッサール作曲のものと色合いの違いを生み出しているように感じます。しかしジャズミュージシャンでありながらこういった分野でもその辺の電子音楽家より高度なことできそうなところがこの人本当に恐ろしい…