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Vijay Iyer Sextet『Far from Over』

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主にStephan Crump, Marcus Gilmoreとのトリオでの活動によって現代のジャズシーンで独自の存在感と高い評価を受けているピアニスト、ヴィジェイ・アイヤー。

2014年からはECMとの契約の下、弦楽を従え作曲に重きを置いた『Mutations』、先述のトリオによる『Break Stuff』、トランペッターのワダダ・レオ・スミスとの即興的なセッションを収めた『A Cosmic Rhythm With Each Stroke』とそれぞれ趣の異なる三作をリリースするなど、その活動や関心の方向に幅が出てきている印象があります。

最新作もピアノトリオ+3管のセクステットというこれまでにない編成。内容としてはリズムのギミックを効かせたトリオの演奏と地続きの部分も感じさせながら、やはり管楽器を加えた編成の違いとドラマーが違うことが大きく影響してか、異なる印象を受ける音楽が奏でられています。

ループミュージックからの影響を作曲に大きく反映し、そのグルーヴを常にキャッチし続けながらもアクセントの位置やリズムフィギュアの組み換えによって暫時的/即興的にリズム全体のうねりや様相が変化していくトリオの演奏と比べると、こちらは複数人で演奏されるテーマやキメ、管楽器をフィーチャーしたソロパートなど構造によりわかりやすいかたちでオーソドックスなジャズ的意匠を聴きとることができます(特に①、⑤、⑩などのサックスのソロは耳が釘付けになるほどかっこいい)。しかしそういったパートの移り変わりの中にあっても同じグルーヴが常に供給されている感覚もあり、表面的な様相の変化の具合に比すると聴き心地は滑らか。その要因となっているのはドラムのTyshawn Soreyの演奏スタイルなのかなと思います。トリオでドラムを担当しているマーカス・ギルモアと比べるとパターンを叩くといった傾向はやや薄く、より高い頻度で一定のパルスに対するアプローチや解釈を更新し続けていくその演奏は楽曲の根底に流れるループミュージックの影響を構造的には見えにくくしているような印象もありますが、しかしその複雑さ故にリスナーの視点を楽曲の骨組みとなっているリズムフィギュアから逸らしてしまうようなものでは決してありません。

多くの才人がひしめく現代のジャズシーンにおいても特にドラムはクリエイティブなプレーヤーが多いですし、単純なループを細かなニュアンスのコントロールで聴かせることやグルーヴを叩き分けることに秀でたプレイヤーも最早珍しくない印象すらありますが、タイショーン・ソーリーのようにパターンの変化の激しさとしなやかなグルーヴを両立したようなスタイルはまだ他に思いつかないものかもしれません。ループ主体、グルーヴ・ミュージックとしてのジャズというとその構造の保持によって即興性やスリリングさが削がれてしまうような印象を受けるものもあるのですが、本作はタイショーン・ソーリーのスタイルの貢献もあって構造の保持と即興性/流動性の確保を高いレベルで実現しているものだと思うので、ループやグルーヴに主眼を置いたジャズに馴染めない方にも、ループ主体のものからより即興性の高いものに手を伸ばしてみたいという方にも是非聴いていただきたい一枚です。

 

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