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Linda Catlin Smith『Drifter』

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カナダの作曲家リンダ・カトリン・スミスの2枚組作品集『Drifter』は間違いなく2017年に手に取った音楽作品で最も感銘を受けた1作でした。楽曲の制作時期に開きがあり、それぞれ独立して制作されたものを纏めた作品集という趣が強いためなかなかアルバム作品として何らかの位置づけを示したり、いわゆるレビューを書いたりといったことが難しいもののように思えていたのですが、しかし1年通して非常に聴き込んだ作品でもあるため何か書き残しておきたいという思いもあり、ここでは収録曲全曲についてその感想を覚え書きとして置いておきたいと思います。

 

〖Disc 1〗

1. Cantilena

ヴィオラヴィブラフォンのための作品。冒頭から4:10辺りまでをモチーフの提示、休止を挟みそこから8:40辺りまでをその大胆な変形、また休止を挟み11:30辺りまでをモチーフの再現、と聴くことができそうな構成となっている。モチーフの提示と再現のような場面においてはヴィブラフォンは和音やアルペジオ的な演奏で和声感の補助的な役割を担っているように聴こえるが、変形の場面においては時間が進むにつれヴァイオリンが発する音との関係性が素直に見出し難くなり、またヴァイオリンも徐々にフレーズという認識がし難いようなロングトーン中心の演奏に移行していくこともあって非常にとりとめのない印象を受けるものとなっている。

 

2. Piano Quintet

ピアノと弦楽四重奏のための作品。冒頭から非常に複雑な(対位法的な?)弦のフレーズの絡み合いが提示され、それによって耳の焦点があちこちに振られるような、弦楽四重奏という編成がもつ物理的な立体性(横の配置とそれに伴う広がり)を意識させられるような音楽が形作られる。5:20辺りからは大きく様相を変え、弦はユニゾンや協和度の高いハーモニーを非常に長いトーンで演奏し、4つの弦楽器がまるでひとつの楽器として機能するような用い方をされている。前半とは立体性を意識させられるといった意味では通じながらもこちらは音がスピーカーの前後に伸びていくような感覚。ピアノは多くの時間でいくつかの和音を行き来するような演奏をしているように聴こえるが、弦の様相の変わり目(5:20~6:00辺り)で落とされるいくつかの音は事情が違うのかとても印象的に響く。終盤のアルペジオ主体の演奏も美しい。

 

3. Drifter

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ピアノとギターのための作品。いくつかのパートから成り立っているが、その多くで楽器間でのフレーズの反復(模倣といったほうが適切かもしれない)が用いられている。演奏は一方が出した単音なり和音をもう一方が反復し、それを交互に(厳密には交互ではないだろうけど入れ替わり立ち代わりしながら)行うことで進んでいくのだが、音の反復は一方がいくつかの単音または和音が連なったフレーズを弾いた場合にはそれらをすべて繰り返すのではなく、フレーズの最後の音のみであったり一部の音を抜き出して反復するというかたちをとることが多い。

*各パートの大雑把な概要を記しておく

[00:00~01:30]  単音と簡素な和音を中心としたフレーズを2つの楽器が模倣し合う。微かに仄暗く虚ろな感触の、しかし非常に美しいメロディー(のようなもの)が聴き取れる。テーマの提示部のような位置付けか。

[01:30〜04:08]  和音を中心とした発音と楽器間での部分的反復、模倣。

[04:08〜05:18]  冒頭のテーマの変奏のように聴こえる。ギターの単音の爪弾きが非常に印象的。パートの終結部で2度繰り返されるギターの和音の響き、とその後に演奏される1音への動きがとても美しい。
[05:18〜08:45]  再び和音中心の発音と楽器間での部分的な反復、模倣。6:45辺りで2つの楽器が同じ和音をユニゾンで奏で始め、7:05辺りで一度終始感がある。それ以降はそれまで同時に発音されていた和音の中に時折アルペジオでの発音が加わる。

[08:45~12:05]  ピアノはメインとなるひと連なりのパートを演奏し、ギターがゆったりとしたコード弾きや単音でそれに応じる。10:30辺りからは楽器間で単音のフレーズの反復や受け渡しも行われる。(*上掲の動画はこのパートの冒頭から2つ先のパートの中盤辺りまでとなっている)

[12:05~15:16]  単音による息の長いメロディーをふたつの楽器がユニゾンで奏でる。ソナタ形式における再現部のような位置付けか。ソナタ形式では提示部において違う調で演奏された2つの主題が再現部において同じ調で演奏されることで統合性を演出するということが行われるわけだが、ここでは冒頭から一方が一方を追いかけるように演奏され、時間の上でのズレを強く認識させていた2つの楽器の関係性が初めてぴったりと重なるという方法でそれが示されているのかもしれない。

[15:16~18:05]  同じ和音をギターとピアノが交互に発音することから始まり、その後はひとつのメロディーラインの音を交互に演奏するような(いわばひとつのラインを2つの楽器が共同作業で奏でているような)場面へ、さらにコール&レスポンスのように同じ音型を発しあう場面へと移行する。前のパートとは違ったかたちで2つの演奏パートの統合性を演出しようとする意図が伺える。

[18:05〜21:53]  和音を中心とした発音と楽器間でのその部分的な模倣。ところどころに前パートで演奏された単音のフレーズの断片のようなものが聴き取れる。最後はユニゾンで終始。

 

4. Gondola

弦楽四重奏のための作品。複数の楽器がひとつのラインをユニゾンで演奏し、他の楽器がそこに切れ切れに単音のロングトーンを重ねたり、全員で演奏される厚みのあるパートとヴァイオリンのか細い高音のロングトーンが入れ代わり立ち代わり表れたり、ヴァイオリンとヴィオラの和音のピッチカートの上でチェロが朗々と旋律を弾いたり、「Piano Quintet」の前半部のような立体的なフレーズの絡み合いが提示されたりと様相の変化が著しいが、どのパートでも非常に息の合った演奏でとても聴き応えがある。この作品集には弦楽四重奏が演奏に加わった作品がいくつか収録されているが、その中でも本作は弦の音域を(特に高域のほうに)広く使っている印象で、ヴァイオリンの高音の擦れた音なども(意図的なものかはわからないが)聴くことができる。

 

5. Moi Qui Tremblais

ピアノ、ヴァイオリン、パーカッションのための作品。ピアノは3、4つほどの和音をフレーズとして意識される一定の順序での発音を随所に挟みながら、固定のリズムパターンの上で鳴らし続ける。ヴァイオリンはロングトーンのみを演奏。パーカッションはバスドラムとシンバルを用い、それらを常に同時に鳴らす。楽曲をかたち作る中心はピアノが発するいくつかの和音とそのリズムパターンで、複数用いられている和音も色合いとしては近いものが多く彼女の作品の中では比較的素直にミニマルな印象を残す。しかしピアノが演奏するリズムパターンに対しパーカッションが打たれるタイミングが(おそらくきちんと書かれたものであると思うがその複雑さ故に)非常に掴みどころがなく、印象としてはどこかインプロヴァイズド・ミュージックに近い感覚がある。ちなみにこの楽曲は彼女のデビューアルバム『Memory Forms』にも収録されているが、テンポの大きく異なる演奏で本作に収録されているものより演奏時間が3分以上短い。

 

 

〖Disc 2〗

 1. Ricercar

無伴奏チェロのための作品。同時発音があまりできない無伴奏チェロという演奏形態においても彼女の作品独特の和声感やそれに伴う雰囲気が減ぜられることなく感じられる1曲。このことから彼女の作品の和声感覚においては、同時に発音される音の組み合わせ(いわば縦の積み方)以上にどの音からどの音からへ動くか(つまり横の動き)に大きな特徴があるのではないかと推測できる。

 

2. Far From Shore

ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための作品。ヴァイオリンとチェロはリズムが同期した異なる旋律を演奏することでハーモニーを生み出し、ピアノはそこに和音を落とす。4分辺りで一度弦楽器の演奏が途絶えるとピアノはモートン・フェルドマンの楽曲を想起させるような和音を繰り返し発し、再び演奏に加わった弦楽器はそれまでより速度感を落としたようなやや重い足取りで旋律を演奏する。9分辺りからはヴァイオリンの高音と、この作品集ではあまり耳にしなかったピアノの低音の不穏な響きが合わさり非常に現代音楽的な響きへ。「Piano Quintet」からヴァイオリン1本とヴィオラを抜いた編成のためそちらと通じるような音楽性も感じられるが、やはり楽器が少ない分だけ弦楽器の動きなどはこちらのほうが非常に把握しやすく、結果的にピアノの音やその美しさがより強く耳に残る1曲になっている。楽曲は終始虚ろなトーンで進むが15:10秒辺りでピアノが演奏する和音にはそこに微かに差す光のような違った色合いが感じられる。


3. Galanthus

無伴奏ヴァイオリンのための作品。演奏形態のためかモチーフの反復と変形により成り立っていることがわかりやすく聴き取れる1曲。またここまで聴いてくるとモチーフ自体に非常に強い記名性を感じることもできる。モチーフの変形やその記名性は他作品でも随所に表れており、そう考えると非常にクラシック音楽の正統をいく音楽の作り方をしていると捉えることもできそう。

 

4. Poire

ロピアノのための作品。他の作品では聴くことができないピアノの強い打鍵が耳に残る作品。多楽器編成では聴くことができない強弱を強調した作風であることから、彼女は作曲家としてひとつの方法論を様々な楽器編成に持ち込むタイプというよりは、その編成だからこそできることを都度持ち出し表現する(または表現したいことに必要な編成を組む)タイプなのかもと思わせられる1曲。

 

5. Folkestone

youtu.be

弦楽四重奏のための作品。演奏時間は32分を超える長大な作品で短い休止を挟んで演奏されるいくつものパートから成り立っている。演奏には何らかの特殊な演奏法などが用いられることはなく(途中で一か所大胆な音程のベンディングが聴こえるが、それ以外ではピッチカートすら用いていない)、オーセンティックな弦楽四重奏の書法からはみ出すようなことはほとんどしていないように思う。休止を挟んで表れる様々なパートの中で、「Piano Quintet」で大胆に提示してみせた弦楽四重奏の持つ立体性をよりグラデーショナルなかたちで提示しているようにも聴こえる。そういった部分が作用してか、弦楽四重奏という古めかしい演奏形式と32分という長大さがありながら、その響きに聴き飽きることはあまりなく、オーセンティックな演奏法のみを用いているとは思えないほどテクスチャーの音楽としての豊かさを感じる作品になっている。各パートにおける音楽の様相の変化などについてはその長大さ故にまだまだ把握しきれていないが(その辺りは波形を見ながら聴くと多少掴みやすいかもしれない)いくつか特に印象的な箇所を挙げるならば、

[25:25~]  ヴィオラがゆったりと旋律を歌い上げる。ショスタコーヴィチヴィオラ・ソナタop.147の第三楽章を想起するような官能性と微かな不穏さを感じさせる色合いが美しい。(ちなみに上掲の動画はこのパートの直前で終わっている……)

[29:08~]  ヴァイオリンが擦れた高音で旋律を歌い上げ、そこに他の楽器が同時に重なり和音を形成する。ヴァイオリンの高音の音色は最早口笛のようにすら聴こえる不安定で寒々しいものだが、そこに加わる他楽器による和音はそれを包み込むような温かさや(ベートーヴェンの後期弦楽四重奏を想起させるような)慈しみ深さを持って響きその対比が素晴らしい。

といった辺り。どちらもテクスチャーの豊かさで聴かせることに主眼があるように聴こえる本作において、旋律の持つ力を濃厚に感じさせる瞬間でやはりどうしても印象に強く残る。