SteinbrüchelことRalph Steinbrüchelはスイス在住のドイツ人アーティスト。
90年代から活動し、これまでにRoom40, LINE, and/OAR, Non Visual Objectsなどから作品をリリースしている、こういった音響系をチェックされている方なら一度は耳にしたことがあるであろう作家です。
日本のレーベルATAKからも、Kim CasconeとJason Kahnとの共作がリリースされていますね。
そして12Kからの本作『Parallel Landscapes』。
しかし今回はまず、『Parallel Landscapes』へのリリースのつながり、および12Kの変遷を辿る重要作として3つの過去作について少し触れてから。
・まずは2005年に12KよりリリースのFrank Bretschneiderとの共作『Status』
『Status』はクリック音やグリッチ、合成音などを用い緻密なサウンド・デザインを行ったいわゆる“マイクロスコピック・サウンド”を引きずったような作風で、ドローン化以前のミニマルな音響レーベルとしての12K最後期の作品です。
・つぎに2006年にLINEよりリリースの『Stage』
『Stage』においてSteinbrüchelは初めて自作にアコースティック楽器のサウンド・プロセッシングを取り入れており、それによって独特の奥行きを持った作品になっています。
・最後に2008年に12Kよりリリースの『Mit ohne』
2008年という年は12Kというレーベルが初期のミニマルスコピックな音響からドローンへと舵をきった年であり、まさにこの辺りからアンビエント/ドローンの傑作が12K以外からも続々とリリースされる、という時期です。
その中にあって『Mit ohne』は2003年のインスタレーション用の音源であり、故におそらく楽器なども使用されていない電子音のみによる作品だと思われます。
この中で特に注目したいポイントが2008年の『Mit ohne』の制作時期が2003年だということ。
3作を連続して聴取して気付いたのですが、Steinbrüchelの電子音は『Stage』において生楽器を用いる以前の2005年、さらには2003年の時点においてすでに楽器然とした柔らかな響きを潜在的に有していて、
(ここからは推測になりますが)『Stage』を聴取することでそのことに気づいたテイラー・デュプリーは、新たな作品ではなく2003年制作の音源を自身のレーベルからリリースし、その後の12Kのドローン化や、さらには楽器や声などをより積極的に使用したオーガニックなアンビエント路線へつながる萌芽を示すことで、その必然性を提示、予告していたのではないかと考えられます。
・ここからは話を戻して『Parallel Landscapes』について。
一聴してすぐに、予想以上に現在の12Kのレーベルカラーに合わせてきたなと感じました。より器楽的な音色が直接的に用いられ、今までにないほど穏やかな和声を感じさせる瞬間も多くあります(1、3、6、8などに顕著)。そしてそれが全くあざとくなく自然に実現されているところから、この響きはレーベルカラーによる要請など必要としないほどにSteinbrüchel自身に内在していたのではと強く思わされます。
もちろん細かにプロセッシングされた電子音もしっかり主張していますし、音を違った周期で左右に動かし、それぞれの層が常に部分的には重なりながらも有機的に広がりや奥行きを変えていくような立体的な表現には非常に“らしさ”を感じました。(この手法は特に『Stage』以降の彼の代名詞であるように思います。)
前述した本作へつながる作品の変遷を踏まえると、『Parallel Landscapes』は種を持ち、それを蒔いた人間と、そこに気付き水を与え花を咲かせた人間の再会といったところでしょうか。
ラストトラックの素朴な響きが祝祭的にすら響きます。
また本作はその作風から、彼の作品の中でも最も聴きやすい作品であることも間違いないと思うので、Steinbrüchelを聴いたことがない方もここから是非。
できれば寒いうちに。