Ayumi Tanaka、Johan Lindvall、Christian Wallumrød、3人の異なるバックグラウンドと経験を持つピアニストからなるピアノ・アンサンブルの初アルバム。現代ジャズ、即興演奏、現代音楽の分野で活動する三者ですが、本作で聴かれる演奏も確実にそれらのバックグラウンドが反映されながら、しかしそのうちのどれの要素が強いといった判断がしにくいサウンドになっています。
収録曲は「till patrick modiano no.1~3」と題された3曲、「34、31、33」と題された3曲、「romaine brooks」という曲の計7曲。
「till patrick modiano no.1~3」はおそらく作曲作品で、スコアに書かれた音を追うかたちで演奏されているように聴こえます。
スコアに書かれたラインの音をひとつづつ演奏していく中で、ある音は複数のピアノで演奏したり、ある部分ではひとつのピアノが低音を、他の2つのピアノが高音をといった具合に弾き分けてみたりしているのですが、おそらくスコアに書いてあるラインを崩さずに演奏しさえすればどの音を誰が演奏してもいいんだと思います。(全部推測です)
複数のピアノが発音した音のタイミングの微妙なズレがショートディレイのような効果を生んだり、中央に位置するピアノが低音を、左右に位置するピアノが(タイミングを揃えて)高音を演奏する場面ではパンが振ってあるようであったりと、エフェクティブともいえる音の出し方を意識しているようにも感じます。
なかなか説明が難しいのですが、同じスコアをだいたい同じ速さで演奏したトラックが3つあったとして、それらのトラックのソロ、ミュートを切り替えながら再生しているような感じというか…。
3人のピアニストによる共演というよりは、3つのピアノが結合した「3 pianos」という巨大な1つの楽器を用いて、1つのピアノでも演奏可能な曲を、しかし「3 pianos」でしか出せないサウンドで演奏しようとしているような感覚があり、それによって1つのピアノではできないこと、ピアノが持つ可能性、ピアノらしさといったものを見極め、炙り出していくような意識を強く感じる演奏です。
「34、31、33」と題された3曲は「till patrick modiano no.1~3」と比べると即興的に聴こえる部分が非常に多く、3人のピアニストによる共演といった趣が感じられます。使われる音域や打鍵の強弱、プリペアドなのかはわかりませんが弦を直接弾いたりボディを叩くような音などの鍵盤以外の部分から出される音、ペダルの用い方やフレーズの速度感などあらゆるところで「till patrick~」より多様な響きを聴くことができます。録音のよさも相まってピアノによる音響的に面白い即興演奏として非常にクオリティーの高い演奏だと思います。
「romaine brooks」は「till patrick modiano no.1~3」と近いような方法で演奏が行われているように感じますが、ある音型を発音する際のタイミングのズレなどが比較的大きく別の人間が追いかけるように演奏しているような感覚が強かったり、ペダルを踏みっぱなしですべての音が長く延ばされているためトラックのソロ、ミュートを切り替えるような感覚もなく、「till patrick~」とは聴覚上かなり異なった色合いを持った曲になっています。音型自体の持つやや暗い現代音楽的(モートン・フェルドマン的?)な色調がまず非常に美しく、それが複数のピアノによって響きを重ねながら演奏される様子はとても官能的に聴こえます。
本作の紹介動画で田中鮎美さんは「3人の違う個性を持ったピアニストが同時に3台のピアノを演奏する時、どうすれば所謂ピアノ・サウンドというものから抜け出すことができるのだろうという問いからこのプロジェクトは始まった」と仰っています。
「till patrick modiano no.1~3」ではたしかにピアノ・サウンドから離れるような音も出ていますし、即興的な趣の強い「34、31、33」では各奏者がそれぞれにピアノから多様な響きを取り出そうとしているのは伝わってくるのですが、私が本作で惹かれたのはむしろなんの衒いもなく弾かれている時(特にメロディーを奏でている時)のピアノの音の美しさでした。
ピアノ・サウンドの壁を打ち破ろうとする試みや所作が、結果的に本来的なピアノ・サウンドの美しさを際立たせてしまうというのはなんだか皮肉にも思えますが、個人的な体験としてここまで美しいピアノの音を聴いたのはライブ、音源を通しても初めてといっていいくらいですし、ピアノという楽器の持つ可能性についていろいろと考えさせられたことはたしかです。
*2017/04/04追記
「till patrick modiano no.1~3」に関しては作曲者でもあるJohan Lindvallがソロピアノで弾いたバージョンが彼のサウンドクラウドで公開されています。
また、「romaine brooks」についても同じく作曲者自身によるソロ演奏がEdition WandelweiserよりリリースされているJohan Lindvallのデビューアルバムに収録されています。
このことから『3 pianos』での試みはひとつのピアノでも演奏可能な楽曲を“3 pianos”という特殊な環境で演奏することによる比較検証的な側面が強いことが伺えます。