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『ワールド × ジャズ』私の9選

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世界の音楽情報誌『ラティーナ』の2018年9月号に掲載されている特集「ワールド × ジャズ 今聴くべき66枚」が世界の各地で多様な変化を遂げている現在のジャズを手広く紹介していてとても面白かったので、私も便乗して好きな作品を9枚選んでみました。 ただそれだけの安易な企画ですが、よかったらどうぞ。

ラティーナの特集がここ3、4年くらいの作品でまとめてある感じだったので、自分もだいたいそのくらいの期間の作品から選んでいます。

 

 

 ・Aly Keïta, Jan Galega Brönnimann, Lucas Niggli『Kalo​-​Yele』(コートジボワール・2016年)

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コートジボワール出身で西アフリカの民族楽器バラフォン演奏家として著名なAly Keïta、カメルーン生まれのクラリネット/サックス奏者のJan Galega Brönnimann、スイスのドラマーLucas Niggliによるトリオ作品。バラフォンのサスティンの短い響きがドライブ感のある演奏においてもゆったりとした演奏においてもサウンドにチャーミングさや豊かな彩りを与えていて、やや変則的な編成ながらとても聴き心地のいいジャズに仕上がっています。リズムや旋律において、バラフォン以外の楽器の演奏からもしっかりとアフリカ音楽のニュアンスが感じられるのも好印象。

 

 

・David Virelles『Gnosis』(キューバ・2017年)

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キューバ出身のピアニストによる4枚目のリーダー・アルバム。自身の故郷であるキューバ音楽の意匠をフィーチャーした音楽性が特徴的な彼ですが、今作ではそこにドビュッシーラヴェルバルトーク辺りが思い浮かぶようなクラシック音楽の要素も大胆に接合。管弦楽器によるアンサンブルの導入、ドラムセットの不在というチャレンジングな器楽編成や、小品のようなピアノソロ演奏を随所に挟んだアルバム構成など、ジャズの枠組みに縛られない自由な発想で自身の持つ多彩な音楽性を纏め上げた個性的かつ美しいアルバムとなっています。

 

 

Linus + Økland/Van Heertum『Felt Like Old Folk』(ベルギー・2016年)

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共にベルギーの音楽家であるテナー・サックス、アルト・クラリネットを演奏するThomas Jillingsと、アコースティック・ギターバンジョーを演奏するRuben MachtelinckxによるユニットLinusに、ノルウェー出身のフィドル奏者のNils Øklandとベルギーで活動するユーフォニウム奏者のNiels Van Heertumが加わったアルバム。『Felt Like Old Folk』という印象的なタイトルが表す通り、フォークミュージックの表面的な響きの肌触りを取り出し、その質感のみを味わわせるような抽象的かつ純粋な音響重視の演奏に還元したような内容。随所でメロディアスなラインも演奏されるものの、ロングトーンのによる響きのレイヤーで温もりのあるサウンドを構築することに主眼が置かれているように思います。全4曲のうち4曲目を除く3曲は全編即興とのことですが、終始表現の方向性がしっかり定められていて、作曲作品と全く遜色ないようなまとまりのある音楽として聴くことができます。オーガニックなアンビエントとして聴いても素晴らしい出来。

 

 

・Maciej Obara Quartet『Unloved』(ポーランド・2017年)

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 ポーランドのサックス奏者マチェイ・オバラのECMからは初となるリーダー・アルバム。ポーランドのピアニストDominik Wania、共にノルウェー出身のベーシストOle Morten VåganとドラマーのGard Nilssenを従えたカルテットでの作品。4曲目でクシシュトフ・コメダの楽曲を取り上げている以外はすべてリーダーによる自作曲でそこまで民族音楽的な色合いを押し出している内容ではないのかもしれませんが、自作曲で抑えたトーンで演奏される素朴な旋律のひとつひとつが主張は強くないもののどれもコメダの楽曲に引けを取らない魅力を放つものばかりで、ポーランドジャズの長い歴史の中で紡がれてきたメロディアスな演奏の魅力を感じることができるように思います。ところどころでアブストラクな演奏へも展開しますし、ECMらしい静謐な作風でもあるので敷居が高いように思われるかもしれませんが、ここで取り上げている作品の中でも特に親しみやすい一枚ではないかと思います。

 

 

・No Tongues『Les voies du Monde』(フランス・2018年)

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フランスの演奏家4名からなるバンドNo Tonguesの初アルバム。口承音楽のコンピレーションアルバム『Les Voix Du Monde (Une Anthologie Des Expressions Vocales)』に収められているイヌイット中央アフリカのアカ族をはじめとする様々な声を用い、それを楽器演奏にて再解釈するというコンセプチュアルな一作。管楽器奏者2人、コントラバス奏者が2人という編成ですが、コントラバスの弓や手で楽器のボディを叩くような奏法を巧みに織り交ぜ、ドラムの不在を感じさせないほどパーカッシブかつプリミティブなサウンドを発しています。民族音楽の特徴的な発声に特殊奏法を用いて応じるような管楽器の振る舞いも印象的。多様な民族音楽を用いながらも独自の解釈でここにしか存在しない折衷音楽に達するような姿勢はArt Ensemble Of Chicagoなども連想させます。フランスの伝統音楽ではなく、半世紀ほど前から学術研究などの面もあって積極的に世界各地でフィールドワークとして行われてきた「録音による世界の音文化のアーカイブ*1」というフランスの文化研究の歴史との関わりを思わせる一作でもありますね。

 

 

・Okkyung Lee『Cheol-Kkot-Sae (Steel.Flower.Bird)』(韓国・2018年)

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アンプリファイなども用いるアヴァンギャルドなチェロ演奏で即興演奏や実験音楽などの分野を中心に活動する韓国出身、現在はNYを拠点とする音楽家Okkyung Leeの作品。自身のチェロに、Ches Smith(ドラム)、John Edwards(ベース)、John Butcher(サックス)、Lasse Marhaug(エレクトロニクス)、更にJae-Hyo Chang(韓国の伝統楽器のパーカッション)、Song-Hee Kwon(韓国の伝統音楽パンソリの歌唱)を加えた風変わりな7人編成。特に韓国の伝統音楽の楽器や歌唱を用いる2人の参加が目を引きますが、演奏においてはそれらが特別な位置や関係性を与えられるといった印象はなく、あくまで対等に音を発し合うインプロヴィゼーションといった趣が強いように聴こえます。クレジットにはComposed By Okkyung Leeとの記載があるので作曲作品という扱いだとは思いますが、おそらく随所で奏でられる旋律が作曲されたもので、それ以外は自由な即興パートという構成なのではと思います。CDの紙ケースには薄くですが楽譜が部分的に印刷されていて、5拍子のパートや韓国語の歌詞が振られているパートなどが見られます*2。それぞれの楽器から連想される一般的な役割(例えばドラムとベースはリズム面を支えるものなど)に縛られず、聴き手の耳の焦点の合わせ方でどの楽器が前面とも捉えられるような抽象的な関係性の築き方が面白く、チェロとコントラバスが音を重ねたり、サックスと電子音が高い音域で模倣し合うような音を発したり、そこを声が横切ったり、様々な様相を見せるひと繋がりの演奏からはストリートの喧騒の中を彷徨い、その中から音楽を探し出すような感覚を呼び起されたりも。

 

 

・Sergio Krakowski『Passaros : The Foundation of the Island』(ブラジル・2016年)

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ブラジル出身で2013年からはNYを拠点に活動しているパンデイロ奏者Sergio Krakowskiの初アルバム。ジャズや即興の演奏家とも多く共演していて、本作もギターのTodd Neufeld、ピアノのVitor Goncalvesというジャズを起点に活動している音楽家とのトリオ編成。ラテンジャズ的演奏やショーロのようなモチーフも交えて憂いから喜びまで豊かに表現するギターとピアノも素晴らしいのですが、そのうえで踊りのステップのように自在にリズムを叩き出し、音楽の持つ情感を何倍にも増幅して伝えてくれるようなパンデイロの力強い音色が本当にめちゃくちゃいい。リズム楽器でこんなに多様な感情表現ができるものなのかと聴く度驚かされます。

こちらに詳しいレビューあります。

 

 

・Steve Lehman『Sélébéyone』(アメリカ/セネガル・2016年)

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アメリカのサックス奏者スティーヴ・リーマンによる作品。これまでトリオからオクテットまで様々な編成で作品をリリースしていましたが本作はAntipop ConsortiumのメンバーでもあるHPrizmとセネガルのラッパーGaston Bandimicをメンバーに迎え英語とウォロフ語のラップをフィーチャーするという一際風変わりな編成/コンセプトの作品。ピアノ、ベース、ドラムはアメリカの奏者のようですが、フランスのサックス奏者Maciek Lasserreも参加し複数の楽曲で作曲を担当しており、編成でもサウンドの上でもアメリカ/フランス/セネガルの音楽要素の交錯を感じることができます*3。2人のラッパー、2人のサックス奏者が前面に入れ替わり立ち代わり表れせめぎ合うようなスリリングなパフォーマンスを見せてくれるだけでなく、他のメンバーもバックトラックと読んでしまうにはあまりにも主張が強い複雑な演奏*4を行っていて隅から隅まで強烈。

こちらに詳しいレビューあります。

 

 

 

・Zu『Jhator』(イタリア・2017年)

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現在のイタリア・アヴァン・シーン屈指の個性派ベーシストMassimo Pupillo、同じくイタリアのサックス奏者Luca Tommaso Mai、スウェーデン出身のドラマーTomas Järmyrからなるフリージャズからノイズ、ロックを横断するような音楽性を持ったバンドZuの作品。フリージャズ的アプローチからドローンやドゥーム的アプローチに大きく舵を切ったことが広く話題になった一作で、古代チベットの葬儀からインスピレーションを、サウンドやヴィジュアルの面ではCoilやピーター・クリストファーソンに影響を受け、地上から神聖な世界への旅の記録という位置づけで制作されています。ゲストによる声やハーディガーディ、シンセや琴(八木美知依が演奏)など実に多彩なサウンドが用いられ、彼らの脳内で渦巻くサウンドの理想像が忠実に具現化されたような渾身の仕上がり。笙のようなサウンドがうねりを上げる幕開けから、重々しくもトライバルな肉体性を感じさせるドゥームサウンドへ展開する1曲目、琴の爪弾きからグリッチ的な音響までを巻き込んだ雑多かつ神聖なサウンドスケープへシンフォニックに推移していく2曲目と、通して聴き終えれば何か密教的なものに触れたかのような手応えが残ります。

 

 

 

ラティーナ 2018年9月号

ラティーナ 2018年9月号

 

 

*1:Ocoraレーベルの作品などはその代表的な例といえるでしょう

*2:ただ、楽譜が本作のものであるという確証はありません

*3:タイトルの『Sélébéyone』は交差点という意味らしく象徴的ですね

*4:かなり強引なポリリズムも駆使しているように聴こえます