Matt Mitchell(p), Chris Speed(ts,cl), Chris Tordini(b), Dan Weiss(ds)
Tim Berne's Snakeoil や、昨年の Rudresh Mahanthappa『Bird Calls』などへ参加、ここ数年のニューヨーク・シーンで存在感を着実に増してきているピアニスト、マット・ミッチェルのリーダーとしては二作目になるアルバム。2015年10月にリリース。2枚組でそれぞれに4曲が収録された全8曲、トータルタイム96分。
2013年リリースの1作目『Fiction』はドラムとのデュオで、ピアニストのデビュー作としてはなかなか珍しいんじゃないかと思われる編成でしたが、 今作はオーソドックスなワンホーンカルテット。しかしながらそこから奏でられる音楽が、やや通常とは異なったバランスや魅力を持ったもののように感じられたので、今回はそれを言葉にしてみたいと思います。
演奏は基本的には作曲されたパートで始まり即興およびソロのパートへ移り、それらを何度か行き来した後、作曲パートで終了という流れが多く、それ自体は別段風変わりなものでもないと思うんですが、一聴した印象がそうとは思えないほど複雑さというか先行きの見通せなさ、迷路にでも迷い込んだような感覚を覚えさせるものでした。
で、何度か聴いていて気付いたんですがこのアルバム中の作曲パート、サックス(およびクラリネット)とピアノの右手(高音部)、ベースとピアノの左手(低音部)がユニゾンで動いていることがとても多いんですよね。前述した通りこの人の前作はドラムとのデュオで、今作はそこにふたつ楽器を足していることになるので普通は声部を増やしたりすると思うんですが…。なのでここでのサックスとベースは声部より音色の拡張として機能している面が大きいんじゃないかと思います(そう捉えると音色に特長のあるクリス・スピード、クリス・トルディーニといった人選も非常に的を得たもののように思えてきます)。ある意味構造上はドラムとのデュオといってもいいのではないかと。聴覚上は楽器が増えることによって音色などが複雑化してるんですぐにそうは聴こえなかったりするんですが…。ただ作曲されたパートに限ればピアノ、サックス、ベースをひと塊りと捉えて、それとドラムの絡みを意識して聴いたほうが音楽の全体像がスムーズに頭に入ってくることは確かです(故にその部分では比較的自由に振る舞えるダン・ワイスのビートを変えたりズラしたりしながらのドラム演奏がとても面白いです)。ワンホーンカルテットという編成をこういう風に使うのは結構珍しいんじゃないかと思うんですがどうでしょう。
またその作曲パートの内容(という言い方でいいんでしょうか…)についても、調性感が希薄だったり、旋律の切れ目が捉えにくかったりするものが多く、そこに時折前作でよく用いられていた武骨なリフの反復が挟まれたりと複雑で、この辺りも先行きの見えなさ、迷路っぽさを感じさせる一因になってるのかなと。フリーな即興パートよりも作曲されたパートのほうが足下覚束ない感じがするくらいです。思えばアルバム1曲目、3分を超える作曲パートの後、普通ならサックスのソロとかがきそうなところでベースソロ(というよりベースとドラムのデュオ?)がくる時点で、この演奏は通常とはやや異なったバランスで成り立っていることが明示されているようにも感じられたり。作曲と即興の境がわかりにくい箇所もありますし、特に即興と行き来するかたちで現れる作曲パートに同じものが再現部として出てくることがない1,3,5曲目辺りはゴツゴツとした曲想や急に勾配が変わるような展開も合わさって方向感覚だけでなく平衡感覚までも見失いそうになる感じがします。
まぁ簡単にまとめておくと、ワンホーンカルテットというフォーマットに前作でのドラムとのデュオという編成の特異点をうまく持ち込むことで一風変わったバランスの演奏を実現した作品ってことが言えるのかなと思います。
ラストの「The Damaged Center」がそれまでと比べるとわかりやすいフリージャズ的なのはサービス精神というか、アンコール的な位置づけの演奏なのかな。
作曲パートについての話ばかりになってしまいましたが、即興のパートでも、冒頭のクリス・トルディーニのソロからそうなんですが、ずっといい緊張感が持続していて4人とも冴えまくり、それが何度も書いてるような迷路っぽさを感じさせる作曲部とそれらを時に強引に時にグラデーショナルに行き来する展開によってさらに緊張感やら音楽全体が醸し出す危険さが相乗的に高まっていって全曲通して聴いてると3曲目とか5曲目(Disc 2の1曲目)辺りで毎回「うゎあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」ってなってこれはもう“マジックが起きている”とすら形容したくなるレベルです最高最高最高最高……!!!!本当にすごい“カルテット”が出てきたものだなぁ。。。できれば昨年のうちにこの凄さに気付いておきたかった…。